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富士山の美しい姿を絵画で残す。その歴史とあの有名絵画の秘密とは

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富士山の芸術作品として最初に思い浮かぶのはなんでしょうか。多くの方がまず、思い浮かべるのが「絵画」かと思います。多くの有名作家たちが富士山を描き、これまで無数の作品を残してきました。今回は、富士山を描いた絵画の歴史と、誰もが知っているあの作品についてご紹介します。歴史や背景を知ることで、また違った視点でアートを楽しめるでしょう。

富士山が描かれた絵画の中で最も古い作品

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今では数多くある富士山の絵画ですが、最初に描かれた作品をご存知ですか?
富士山は、約数十万年前から噴火を何回も繰り返し、約一万年前に現在の形になったと言われています。



約一万年前というと、旧石器時代から縄文時代にかけてになりますが、その頃に作品があったという記録はなく、平安時代である10世紀頃に富士山を描いた屏風があったという記録が残っています。
記録としては、この屏風が最も古いものとなりそうですが、残念なことに作品が残っておらず、作品として残っている最古の作品は、1069年に秦到貞(はたのちてい)が描いた「聖徳太子絵伝(しょうとくたいしえでん)第三面」となります。
この絵は、聖徳太子が甲斐国から献上された馬に乗って富士山を駆け登ったという伝説を描いたもので、絵が広まるとともに聖徳太子を神として信仰する人が増えていきました。


葛飾北斎が描いた「赤富士」は貴重な姿だった?!

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様々な角度から富士山を描いた、葛飾北斎の「富嶽三十六景」は、江戸時代後期1831年から1833年にかけて作成されました。
三十六景というタイトルから36枚描かれていると思われがちですが、当時の人気から追加で10枚描かれており、全部で46枚存在しています。
富嶽三十六景の中でも「山下白雨」「神奈川沖浪裏」「凱風快晴」は特に人気の高い作品となっています。



3作品の中の「凱風快晴」は「赤富士」とも呼ばれており、現在では赤富士は縁起がいいものとされ人々に親しまれています。
赤く染まった富士山は目にすることがないので、赤富士は葛飾北斎がオリジナルでつけたものだと思っている方も少なくないでしょう。
実は、ある条件を満たせば、赤く染まった富士山を見ることができるのです。



1.夏の時期で天候が良い日
2.空気の澄んでいる早朝であること
3.岩肌が雨などによって濡れていること



この条件が揃うと赤く染まった富士山を見ることができるそうです。
今のように写真を撮るという技術はありませんし、目で見て記憶を頼りに描いた北斎はすごいですよね。


葛飾北斎はどこから「凱風快晴」を描いたのか?

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ぜひ北斎と同じ場所で赤富士を描いてみたいと思う方もいるでしょう。
しかし、残念ながら北斎がどの角度から「凱風快晴」を描いたのかという記録は残されておらず、正確な場所はわかっていません。
山梨県側や静岡県側から見る富士山の微妙な違いを元に、どこから描かれたのかという検証が行われてきましたが、記録が残っていない以上答えにたどり着くことができないのです。



富士山の近くに訪れた際は、赤富士が見えることを祈りながら、北斎が描いた場所を探すというのも富士山を楽しむ方法の一つとしていかがでしょうか?
北斎の思いを感じながら富士山を描けば、あなたの絵が歴史に残る大作になることもありえるかもしれません。
ぜひこれを機に富士山の芸術作品にも目を向けてみてください。


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