山梨県の富士登山その他

これって常識!?雑学!?“意外と知らない”【富士山20の豆知識】 (前編)

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富士山についてどのくらい知っていますか?富士山にまつわる話はとても多く、掘り出せば“そうだったのか?”と旅がもっと楽しくなりそうな情報がまだまだ眠っているようです。そんな知っていると富士山のように鼻も高い!?お話が満載です。【前編】は見所やコースづくりの際に知っていると楽しい情報もたくさんあります。

【豆知識①】富士山は徳川家康のものだった?

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富士山は誰のもの?と聞かれたら、日本人のほとんどが「みんなのもの」と答えるでしょう。
まさしく「日本の宝」ともういうべき富士山は、年間30万人以上の登山客が訪れる観光スポットです。
すべての日本人のものと答えたくなるのはよくわかりますが、実はこれは間違いです。



実は、富士山の八合九勺(3360m)から上は「私有地」です。



歴史のある霊山を私物化するなんて、いったいどんな人が?と思うかもしれませんが、安心してください。
頂上に鎮座している「浅間神社」が持ち主なのです。



浅間神社は、全国に1300以上あり、中でも富士宮市宮町に位置する富士山本宮浅間大社は総本宮です。祭神に木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)、彦火瓊々杵命(ひこほのににぎのみこと)、大山祇命(おおやまづみのみこと)を祀ります。
本社神殿は武田信玄公の厚い信仰を受けて、桃山時代の高荘な建造物として国の重要文化財に指定されています。
また毎年、7月1日は450年以上続いている「お導開き(おみちびらき)」をして、富士山の山開きも行っています。
このように、浅間神社と富士山の結びつきはとても古いのです。
そもそもの持ち主はあの徳川家康で、1606年に家康から大社に寄進されたと伝えられています。
ところが、明治維新後の1871年に国有地化。
太平洋戦争後、全国で国有地された土地が寺社へと返還されましたが、富士山頂だけは一部を除いて返還されなかったのです。



1974年の最高裁判所の判決によって、あらためて浅間神社のものと認められましたが、それでもなかなか返還がされなかったのです。
静岡、山梨両県の県境が画定されていないため登記できなかったからです。
それからさらに30年の時が流れ、2004年、財務省東海財務局が県境問題よりも優先することで調整し、ようやく無償譲与しました。
こうして134年ぶりに、富士山山頂はもとの持ち主に戻ったというわけです。



富士山の頂上というのは、正しくは神様の家。
そう思うと、富士山登山もまたひと味違った趣になるなりますね。


【豆知識②】富士山頂上の「お鉢めぐり」はもともと「お八めぐり」だった

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美しい形の富士山。
遠くから眺めると、頂上は平のように錯覚しますが、実際は「休火山」なので頂上はぽっかりと火口が空いていて、それを取り囲むように8つの峰が並ぶ険しい尾根道となっています。



火口の直径は約800メートル、尾根道はおよそ3キロ。
この尾根道をまわっていくコースは、「お鉢めぐり」と呼ばれて登山客から人気です。



なぜ「お鉢めぐり」なのかというと、頂上にのぼって見ればよくわかります。
ぽっかりと空いた噴火口は、まるで巨大な鉢のようにも見えるからです。



しかし、この「お鉢めぐり」というのは実は「お八めぐり」が転じたものだという話もあります。



富士山の頂上にある8つの峰と火口は鉢や釜にたとえられることが多く、古くは「八葉蓮華」という仏陀が坐る八枚の弁をもつ蓮華にたとえられ、「八葉」と呼ばれて8つの峰にも仏教にちなんだ名があたえられました。



たとえば、吉田口・須走口の頂上の久須志岳は「薬師ヶ岳」、伊豆ヶ岳は「阿弥陀岳」、成就ヶ岳は「勢至ヶ岳」、御殿場口の浅間ヶ岳は「駒ヶ岳」、富士宮口頂上の三島岳は「文殊ヶ岳」、白山岳は「釈迦ヶ岳」、朝日岳は「大日岳」という感じです。
明治維新前後の神仏分離政策で、これらの仏教的な名称から、現在の神道的な呼び名に変えられましたが、どういうわけか大日如来にちなんだ「大日岳」だけは、朝日岳という新名称はなじまずに、今も残っているのです。



この「八葉」をめぐるルート、つまり「お八めぐり」が時代を経て「お鉢めぐり」になったといいます。



ちなみに8つの峰、最高峰は、富士山測候所のある剣ヶ峰で、これが富士山頂と言われる場所です。2002年8月に国土交通省国土地理院によって三角点わきに設置されたプレートによると、剣ヶ峰の正確な標高は3775.63m。
世界測地系による位置は、北緯35度21分38.261秒、東経138度43分38.515秒となっています。


【豆知識③】富士登山は関所でお金を払う必要があった

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体力】と頂上を目指す!という【意志】さえあれば誰にでも登ることができる富士山。
最近、環境保全のために「入山料」を徴収するべきという議論があがっていますが、実は明治時代まで富士山登山は「有料」だったのです。



富士山の有料化の歴史は思いのほか古く、奈良時代の山岳修行者・呪術者であり、修験道の始祖・役小角(えんのおづぬ)が始めた修行としての富士登山(富士講)が盛んになったと言われています。
そして、室町時代の後半からすでに、登山は有料だったという記録があります。



では、いくらぐらいか?というと、登山者・1人につき244文の山役銭=通行料を徴収していたといいます。



関所があったのは、富士山北口浅間神社を起点とする吉田口登山道です。
この道が当時のメインの登山道で、神社の周辺に登山者の宿泊所と教導所を兼ねた宿坊が多く建っていました。
関所を置いて通行料を徴収していたのは、このあたり一帯に勢力を誇っていた今川氏といわれています。
ちなみに現在も、関所の目印だった金鳥居が健在です。



この徴収業務は、教導所の御師(おし)がおこなっていて、白装束に金剛杖を持った登山者が、登山口で通行料を払い、手形を受け取るというものだったそうです。



しかし、なかには通行料を払わずに登ろうとする人もいたので、山の中腹と頂上にも関所を置いて、手形の無い人をチェックしていたといいます。



徴収した通行料の半分は領主への上納とし、残った中から御師が一部を貰い、登山道を整備している近隣の農民に配られたそうです。
このあたりの農民にとっては良いアルバイトだったようで、近隣の村同士でこの権利を奪いあって争いになったという話も記録に残っています。



今川氏の後、武田氏の支配になった時代、122文と半額にディスカウントされたこともありましたが、基本的にはこのような通行料が、江戸を経て明治の頃まで続いたといいます。



今ではどんなに登ろうがタダですが、公衆トイレがチップ制になっています。
7合目や6合目は1回100円。環境保全のためにもこちらはぜひ払って欲しいと思います。


【豆知識④】大雨が降るとあらわれる「赤池」の不思議

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富士山の山梨県側山麓に、東から山中湖・河口湖・西湖・精進湖・本栖湖と並んでいる富士五湖ですが、もともとは観光スポットの人気投票のために命名したものだが、今ではすっかりと定着しているといいます。



富士山の世界文化遺産を構成する資産候補としても知られ、かつては文化庁が、「富士五湖を含めないと富士山として不完全」という見解を示したほど、富士山とはきっても切れない湖です。



そんな富士五湖ですが、よく知られているのは本栖湖、精進湖、西湖は、かつて一つの湖だったというお話です。



富士五湖は、富士山の噴火によって堰き止められ、窪地に伏流水でできた「堰止湖」というものです。
伏流水とは、地上に降った雨や雪が地下にしみ込んで、地層の中の目の粗い岩や砂礫から流れ出てくるものです。
この伏流水がしみ出して貯まったものが、長い歳月をかけて湖になったのです。



事実、これら三つの湖面の標高は同じで、どんなに増減があっても水位がいつも同じです。
このことから、この三つは今もつながっていると考えられています。



古代は、本栖湖、精進湖、西湖の3湖はつながっていて「セの海」と呼ばれ、また河口湖、山中湖や忍野八海を含む湖を「宇津湖」と呼ばれていました。
そして、新富士火山の溶岩流によって河口湖と本栖湖が誕生。続いて貞観の大噴火の溶岩流により、セの海がさらに分断され精進湖と西湖が誕生。
また、1500~1000年前に山腹から流れ出た溶岩流によって河口湖と山中湖が現在の形となりました。



そして、あまり知られていないのが、この精進湖の南東に実は6番目の湖があるというお話です。
といっても、それは大雨が降って増水したときだけにしかあらわれない「幻の湖」といわれる「赤池」です。



赤池は湖底を埋めた赤い溶岩から名付けられたそうで、大きさは直径50メートルほどの小さな湖です。
林のなか突如あらわれて、湖底にはそのまま森があるというかなり神秘的な光景です。



最近では、1998年、2004年、そして昨年に出現した「幻の湖」。富士山に通っていれば、いつかその目で見ることができるかもしれません。


【豆知識⑤】千円札の「逆さ富士」は本栖湖の隠れ絶景スポットだった

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日本を代表する富士山は、お札のデザインにもつかわれています。
近年では、旧5千円札や、現在の千円札です。



ここで描かれている「逆さ富士」は、大正から昭和にかけて活躍した写真家、“岡田紅陽が本栖湖を撮影した『湖畔の春』という作品がモデルになっています。
本栖湖の湖畔には、撮影場所に案内板が建てられていて、多くの観光客が訪れています。



しかし、ひとつ奇妙なことがあります。
その場所に立って、富士山を眺めてみると、お札に描かれているアングルと、ビミョーに違うのです。



お札の「逆さ富士」を見ると、両脇に竜ヶ岳(向かって右側)、大室山(向かって左側)が映り込んでおり、稜線が大室山の稜線と重なる位置関係にあります。
しかし、撮影場所だという位置から見ても、稜線は重ならないです。



結論から言うと、『湖畔の春』が撮られたのは、ここではありません。



案内板の建つ場所の近辺には、売店を兼ね備える『浩庵』という民宿があります。ここは、岡田紅陽が『湖畔の春』を撮るために常宿としていたところで、現在、『湖畔の春』が展示されています。



この宿の隣の小屋から、裏山を登り険しい山道を抜けると、頂上近くに展望台らしきスペースが広がり、さらにそこから少し上ると、幾つか岩があります。
そのなかのひとつに立って、富士山を眺めると、『湖畔の春』のアングルとピッタリ一致をする岩があります。
実はこここそが、岡田紅陽が『湖畔の春』を撮影した場所なのです。



下の案内板から登るので、やや疲れはしますが、「千円札に描かれた逆さ富士」のホンモノを拝むことができます。
この絶景はぜひ一度見て欲しいと思います。
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【豆知識⑥】川底に花が咲く「柿田川」の美しさ

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富士山の麓に、珍しい清流があることをご存知でしょうか。



柿田川。
JR三島駅から徒歩30分ほどの都市部にありながら、「日本三大清流」のひとつとして数えられるほど美しい水をたたえる河です。



環境省が選定した「名水百選」や森林文化協会と朝日新聞社が選定した「21世紀に残したい日本の自然100選」などにも選ばれるこの河は、ほかの清流とちょっと趣が違います。
たとえば、同じく三大清流に数えられている四万十川が全長196キロ、長良川が全長120キロなのに対して、柿田川の全長はわずか約1.2キロなのです。



桁外れの短さ、そして都市部にも関わらず、なぜこの河は清らかさを維持できるのでしょうか。
その秘密は、富士山にあります。
富士山に降った雪や雨は地下に浸透して、長い歳月を経て、地上に湧き出ていますが、その際に地層を通ります。
ここは水を通しにくい地層(古富士泥流)の上に、水を通しやすい地層(三島溶岩流)が重なっていて、水の不純物が取り除かれます。
つまり、「天然のろ過装置」になっているのです。



こうしてつくられた美しい水のおかげで、柿田川にはほかにない珍しい動植物が生息しています。
その代表が、ミシマバイカモ(三島梅花藻)。
澄み切った水にしか育たないの希少な藻であるミシマバイカモは、白い花を咲かせることでも知られています。
澄んだ河底でゆらゆらと揺れる花畑は、非常に幻想的です。



また、ミシマバイカモのほかにも、春から初夏にかけてみられるゲンジボタル。
11月下旬から12月にかけて河をうめつくすほど大量にのぼっていくアユなど、多くの生物達の営みがみられます。
富士山は、命の源でもあるのです。


【豆知識⑦】縁の下の力持ち「強力さん」

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富士山登山道には、キリのいいところに休憩所や山小屋があるので、初心者でも安心です。



売店やジュースの自動販売機もあるので、気軽に水分補給ができる・・・と思ったら実はそう気軽にできません。
というのも、地上ではありえない驚きの「価格設定」があるのです。



6合目、7合目、8合目…と順調に登っていくと、それと比例するかのように、そこに置かれている自動販売機の表示価格も上がっていきます。



たとえば、5合目の自動販売機で売られていた某ジュースは150円だったが、6合目の自動販売機では200円、7合目は300円・・・と値上がり、9合目あたりになると500円くらいにまで跳ね上がってしまうのです。



この値上がり率に法則はありません。
高さによって50円とか100円づつ上がるというわけでもないのです。
たとえば、某メーカーの500ミリリットルのジュースは、9合目が500円、7合目が550円と標高が低い方が価格が高くなります。



これら価格設定の根拠は不明ですが、下界とは異なる過酷な立地環境へ物資を運ぶことと関係があります。
かつて山小屋や富士山観測所の食料などは、「強力さん」と呼ばれる山のプロたちが背負って運んでいました。
1964年の富士スバルラインの開通や、ブルドーザー道の完成、2004年の山頂測候所の自動化などにより、強力さんに頼ることはなくなっていきました。
とはいえ、相変わらず物資を運ぶ車両や道路の維持管理には手がかかるため、こうした運搬者への手間賃が入っているのではないか、といわれいています。



富士山登山には水分補給がつきものです。
ジュースの飲み過ぎはよくありませんが、気分転換に自動販売機で価格ウォッチをしながら登ってみるのも面白いかもしれません。


【豆知識⑧】喪中の人は「吉田の火祭り」に参加できない!?

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富士山の“お山じまい”の祭りとして知られている「吉田の火祭り」。
400年の歴史を誇る伝統ある祭事で、国の重要無形民俗文化財に指定され、富士山の世界文化遺産登録へ向けて今まで以上に盛り上がっています。



吉田の火祭りは、富士山の世界文化遺産登録へ向けた推薦書で「構成資産」に含まれる北口本宮冨士浅間神社(同市上吉田)と、境内にある諏訪神社の例祭。
古くは、室町時代末の古文書に祭りに関する記述があり、富士山信仰の隆盛とともに地域住民によって伝承されてきたと考えられています。



毎年8月26日、市内の国道139号沿いに高さ約3メートルの大たいまつ約80本を設置。
夜になって大たいまつに灯がともると、その炎は民家の屋根ほどの高さまで舞い上がります。



荘厳な雰囲気のなか、富士北麓地域に夏の終わりを告げ、富士山の火山活動を鎮める「鎮火祭」の意味合いもあるこの祭り、実は「日本三大奇祭」のひとつとしても知られているだけに、ちょっと変わった風習が今も残っています。



実はこの火祭りには、出ることを避けなくてはいけない人がいます。



それは「近親者に不幸があった家」の人たち。
火祭りには清浄が求められ、昔は「死」はケガレとして考えられていたからだといいます。



このあたりでは、不幸があることを「ブク(服)がかかる」と呼び、ブクの家の者は、火祭の神輿や火を見ることを避けていたといいます。
そのため、火祭りに合わせて、泊まりがけで町の外の親類の家や旅行に出かけて、祭りの翌朝に帰ってきたといいます。



これを「テマ(手間)に出る」といい、その時に着てゆく着物を「テマ着」とも呼んだといいます。
テマに出る家は、近所から「テマ見舞い」としてうどん粉やそば粉などが贈られる風習もありました。



ちなみに、テマに出ない人たちも火祭りを見ることは避けていたので、家に閉じこもって祭をやり過ごしていました。
これを「クイコミ」と呼んだらしいです。



もちろん、今でもそれを実践されている地元の人たちもいます。
そんな古代から伝承されてきた「奇祭」を、一度堪能してみてはいかがでしょう。


【豆知識⑨】本栖湖モッシー伝説を追う

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美しい自然、さまざまな動植物にあふれている富士山周辺ですが、実は「ミステリー」の宝庫でもあります。



たとえば、富士山周辺には古代に「富士文明」という高度な文明があったと唱えている書物があったり、富士山は自然のピラミッドだという説や、UFOの離着陸スポットだという説など、トンデモ話から夢のある伝説まで様々なミステリーが語られています。



それほど富士山というものが人々の心をとらえていることの証ではありますが、そんなミステリーのなかでも、ひときわ変わっているのが、本栖湖の「モッシー」でしょう。



その名からもわかるようにイギリス・ネス湖の恐竜「ネッシー」と同じい未確認生物(UMA)のことだが、実はかなり古くからいわれており、1970年代から何か巨大な生物が本栖湖にいるという目撃情報が寄せられていました。



「モッシー」という名がメディアにも大きく取り上げられるようになったのは1987年。
本栖湖の湖畔で、富士山の撮影を行っていたカメラマン数名が湖面に約30mもの巨大な物体が浮上してくるのを目撃したことです。
目撃者によると、それはワニの背中のような荒々しい皮膚が見えたといいます。



その後、捕獲をしようと、マグロ漁用の網を仕掛けられましたが、引き揚げてみると何かが食いちぎったようにビリビリにされていたということがあり、「モッシー」は一気に話題になりました。



近年では、目撃情報はほとんど報じられなくなりましたが、この「モッシー」が単なる都市伝説ではなく現実味をもって語らえるのには理由があります。
それは、本栖湖の深さ。



富士五湖はあまり深くありません。
河口湖は15.2m、山中湖は15m、精進湖は15.2m。西湖は73.2mとやや深いですが、本栖湖は水深138メートルだと圧倒的に深いのです。



1500万年以上昔、富士山のあたりは海の底で、クジラの先祖である巨大な生物などが暮らしていたといいます。
本栖湖の底で、それらが独自の進化を遂げていたらーー。



湖面を眺めながら、そんな古代のロマンに思いを馳せてみるのもおもしろいかもしれません。


まだまだある!富士山20の豆知識後編はこちら

世界文化遺産についての予備知識はこちら

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